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新しい建築の楽しさ2020 Vol.03

取材・文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)

北上市保健・子育て支援複合施設

畝森泰行建築設計事務所+teco

かつて商業施設だった建物をコンバージョンして、保健・子育て支援等の複合施設をつくる。建築と一体となった遊具のある屋内遊び場のプログラムが関係者の気持ちをおおらかにする。

ここ数年、「ラウンジ・デザイン」をテーマにした展覧会やフォーラムを企画し、実施してきた。ラウンジやラウンジ的な空間が都市に増加していると感じ、ラウンジの意味とデザインを考えるきっかけをつくりたいと思ったからだ。 ラウンジは様々な人々が緊張感なくリラックスして集まる場所であり、建物のなかの、そして地域のなかの様々な人々の居場所であり、公共的な空間である。

ラウンジやラウンジ的な空間が増加し、そのデザインが向上することは都市を豊かにすると考えている。
 
畝森泰行建築設計事務所とtecoが共同で北上市保健・子育て支援複合施設の設計に取り組んでいる。
 
この複合施設のプログラムは保健と健康づくりの拠点や子育て支援センター、室内遊び場などであり、多世代が利用する施設を目指している。
 
市役所に近い商店街に建つ商業施設だった8階建ての建物の1、2階をコンバージョンする。既存の建物はワンフロア約2000㎡の単純なグリッドで構成されている。看板などに覆われて外から中は見えなかったという。
 
そのファサードを外から内部の活動が見えるようにまちに開く。そして内部に設けられた曲面の天井を波打つ庇として外まで出して新たな表情をつくる。

1階の館内中央に検診車停車場のための天井の高い場所を確保し、加えて2階の床の一部を抜いて吹き抜けとしている。その吹き抜け周辺エリアを様々な活動が可能なフレキシブルな空間の「まちいく広場」として南北に貫通させ、その空間のまわりに市民交流プラザ、健診ホール、子育て支援センター、栄養指導室などを配置している。それらの様々な場所はそれぞれに適切な高低のゆるやかな天井によってなめらかにつながれている。2階はロビーを中央に屋内遊び場、乳幼児健診室、事務室などで構成されている。

南側にある入口の2階部分に屋内遊び場があり、その遊具は曲面床のコルクとネットで構成されている。建築と一体になっており、吹き抜けを縦断し、1階と2階をつないでいる。入口を入ると子供が遊具のネットで遊んでいる様子が見えることになる。

他者性や身体性の尊重を前提に様々な居場所をつくる

「リジットな構成に対して遊具や滑らかな波打つ天井が新しいレイヤーとして挿入されることで、グリッドの積層建築が違う輪郭、まとまりを帯び始める。既存のスケール感とのずれをつくって、新しい場所を生んでいく。遊び場の空間があることで許容値が広がっていった」(tecoの金野千恵さん)

建築と一体となった遊具のある屋内遊び場のプログラムが関係者の気持ちをおおらかにしているというのがおもしろい。設計する上で寛容性は大切だ。

「公共施設は様々な人が利用する。つくる側も多様な視点がないといけない。自分の想像を超えた考えを受け入れながらやっていく必要がある。様々な人を巻き込みながら動きが大きくなる動的な設計ができる」(畝森泰行さん)
 
「違う発想もあるかもしれないと設計の姿勢を開いておくと、新しい解像度や身体感覚を得られる」(金野さん)
 
さて新型コロナウイルス禍をきっかけに様々な人々がリラックスして集まる場所でも人との物理的な距離をとれるようにすることが課題になってきている。
 
「複合施設は様々な目的を持った人が集まるが、それ以外の人も巻き込めるかが建築の力だと思う。ネット社会になっていくと、自分の興味の範囲だけで成立する。しかし実際の建築は会いたくない人も入ってくる。だから人が居ても気にならない心地いい空間をつくれるかがこれからより重要になってくる。集まれるし、居場所があり、ある程度の距離感をもちながらそこにいることが安心できる。空間が変化することで、多様性を実現できる。さらに空間に一体感もあることが重要だ」(畝森さん)。
 
他者性や身体性の尊重を前提に様々な居場所をつくるとともに、全体をとらえる視点を持つことが大事だということだろう。ラウンジやラウンジ的な空間は人と人が心理的にも物理的にもゆるやかにつながる空間であるが、今後、もっと「ゆるやかさ」のデザインが工夫されていくことになる。

[プロジェクト概要]
作品名  北上市保健子育て支援複合施設 hoKko
所在地  岩手県 北上市
主要用途 保健施設、子育て支援施設、行政事務施設等
建主   北上市
設計 建築     畝森泰行建築設計事務所 + teco
   構造     樅建築事務所
   設備     ZO設計室
   サイン    日本デザインセンター 色部デザイン研究室
   テキスタイル Talking about Curtains
施工 建築     安藤・間・小原建設特定共同企業体
   機械     高橋水道
   電気     北上電工
敷地面積 3,884.95 m2
建築面積 3,097.93 m2
延床面積 14,216.98 m2 (内、改修部分:3,947.76 m2)
階数   地上8階 (内、改修部分:1~2階)
構造   鉄骨造
設計期間 2018年12月~2020年03月
施工期間 2020年04月〜2021年02月(予定)

[プロフィール]

畝森泰行 うねもり ひろゆき
1979年岡山県生まれ。2005年横浜国立大学大学院修士課程修了。02~09年西沢大良建築設計事務所勤務。09年畝森泰行建築設計事務所設立。12~14年横浜国立大学大学院Y-GSA設計助手。現在 横浜国立大学、日本女子大学、東京理科大学非常勤講師。


金野千恵 こんの ちえ
1981年神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒業。05〜06年スイス連邦工科大学奨学生。11年東京工業大学大学院博士課程修了、博士号(工学) 取得。11年KONNO設立(〜15年)。13〜16年日本工業大学生活環境デザイン学科助教。15年teco設立。現在 東京大学、東京藝術大学非常勤講師。


中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある

20.08.03

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