• EVENT
  • COLUMN
  • ARCHIVES

EVENT

見せる。働く。 Vol.3

建築は事業理念の表現であり、事業活動を行う労働空間です。つまり「見せる」場であり、「働く」場です。この2つの視点から建築家にインタビューします。

宿泊施設の「見せる」「働く」を蘆田暢人建築設計事務所代表の蘆田暢人さんに聞く

企画・構成:中崎隆司

― 「Ryugon」と「hotel nansui」の2つの宿泊施設の共通点からお聞きします。

「どちらも新しいオーナーによるリ・ブランディングのためのリノベーション・プロジェクトです。ホテルが建つ地域の文化、歴史、物語を表現することを試みるとともに、スタッフと宿泊客のタッチポイントの機会と場所をつくっています」

「『Ryugon』のオーナーの意向ですが、デザインのプロセスにトラベルライターが参加しています。ライターがプランを見てその空間で客がどのような体験をして口コミにどう描くか。ライターに口コミを書いてもらい、それを見てプランを変える。そのようなフィードバックを設計段階でやろうと提供側と利用側の両方の視点を取り入れながら設計を進めました。『hotel nansui』はホテル・コンサルタントがその役割をしました。またどちらも完成時にデザインサイドがスタッフにデザインの意図やポイントをレクチャーして細かく伝えています。それを撮影した動画を新入社員の研修に使っています」

左︓Ryugon、右︓hotel nansui(両写真:Satoshi Shigeta)

― では「Ryugon」から。豪雪地帯の新潟県の南魚沼市にありますね。

「約50年間営業されてきた温泉旅館です。JR六日町駅から徒歩約15分の場所に位置しており、周囲には田んぼが広がり民家が点在しています。敷地は大庭園や頂上に山城跡がある国の重要文化財の坂戸山を含む約16,000㎡の広さがあります。オーナーは観光地域づくり法人である一般社団法人雪国観光圏の代表理事でもある方です。一般社団法人の理念は『100年後も雪国であるために』。雪国の文化を観光とつなげて守っていこうとしています」

「『Ryugon』のコンセプトは『地域の文化に触れながら泊まる』です。雪を雪国でしか得ることのできない、自然から与えられた恵みとして捉え、雪を中心とする地域文化をコンセプトから建物の計画にまで反映することを考えました。来訪者がこの地域を知るきっかけになるようにすると同時に、ここを媒介にして地域の内外の交流を生み出す建築を目指しました」

Ryugon エントランスアプローチ(写真:Satoshi Shigeta)

―既存の旅館をどのようにリノベーションしたのでしょうか。

「建物は19世紀前半に建てられた国の登録有形文化財の雪国の伝統的な建築様式の古民家を中心に、大小16の古民家の移築と新築で増築を繰り返し拡張されていました。延床面積は約4,600㎡ありました。それらを窓もなく閉ざされた100mを超える内廊下でつなぐ構成でした」

「周辺環境とのつながりを感じられるようにその内廊下をできる限り外部化して、雪が吹き込むことをあえて顕在化しました。また建物が密集し空気が淀んでいましたので風を通すためにいくつかの建物を除去しました。古い建物を活かしながら余分なものを徹底的に引き算するという手法を取りました。建物を開いていくと雪が入ってきます。それをホテルの体験価値に変える。雪靴を履いて部屋に行くという体験がオリジナリティになります。施設の運営、管理は大変ですが、宿泊客には価値になり好評です」

「外廊下沿いに新たに水盤も設置しています。客室は古民家の良さを活用したCLASSIC 棟、大きくリノベーションした VILLA 棟があります。客室にテラスやアウトドア・ラウンジなど半屋外空間を大庭園の池や坂戸山に隣接して可能な限り設け、豊かな自然環境を感じられるようにしました。若い世代や海外からの客が増えています」

Ryugon コモンからVilla棟に続く外廊下(写真:Satoshi Shigeta)

―タッチポイントの空間はどのような工夫をしましたか。

「周辺環境やこの地域の生活を豊かに感じることのできる空間とプログラムをパブリック 、コモン、プライベートのグラデーショナルな構成によって構築しました。ショップやカフェなどまちと接するパブリック的なスペースは宿泊客以外の一般の方でも利用できます。この地域の伝統料理に詳しい地域の方々と一緒に料理体験ができる土間を配しており、雪国の食文化に触れることができます」

「国の登録有形文化財に指定されている建物を中心とした空間をコモンの空間にしています。レセプションの先に宿泊客限定のバー、ラウンジ、演奏スペースがあります。そのコモンの空間にできるだけ出てきてもらおうと、フリードリンクのエリアもつくっています。宿泊客の自由な居場所であり、客同士や客とスタッフの接点が生まれる場所です」

Ryugon 囲炉裏ラウンジ(写真:Satoshi Shigeta)

「このホテルでは受付していた人がバーのカウンターにも立つ、レストランの給仕もするというマルチタスクにしています。プログラム化されており、フォーメーションで動いています。ただ効率化すると機械的な作業になってしまう。それでは客の満足度は得られないのでスタッフはできるだけコモンの空間に出て、客と出会う瞬間や接点を大事にして地域の文化、建物の歴史、物語を伝えています。客とのコミュニケーションが生まれますのでスタッフのやりがいにつながっています」

「大庭園を挟んで対峙する坂戸山の森を取り戻すプロジェクトも行っています。元々広葉樹の森でしたが、部分的に杉が植林されており、それを切り、広葉樹を植林し、本来あるべき森の姿に戻す試みです。宿泊料の一部をこの環境保全の活動に使用しています。このプロジェクトをまとめた絵本を制作し客室に置いています」

Ryugon 客室(写真:Satoshi Shigeta)

― 次に「hotel nansui」についてお聞きします。

「高知市の市街地にあります。坂本龍馬生誕地に建っており、1970年に『龍馬の宿南水』として開業したRC造8階建で延床面積約3,100㎡の都市型ホテルでした」

「1階を地域の文化を感じられるようなパブリックな空間にしたいと地域に開き、エントランス以外はパブリック的な交流スペース『オキャクバ』と、地域の人が利用できる特別な宴会室を設けています。高知の文化のエレメントとして酒があります。『おきゃく』は高知弁で宴会という意味であり、酒文化の場所という意味で『オキャクバ』としました。地域の人たちが利用できる交流スペースであり、カフェ、高知産品のホップアップショップ、イベントなど多目的に使用されており、使い方を模索中です」

hotel nansui 外観(写真:Satoshi Shigeta)

「交流スペース『オキャクバ』はホテルの歴史を感じられるように、既存のコンクリートの架構を建設当時の姿のまま現しにしています。家具として酒の枡をかたどった箱状のユニットをつくっています。それを組み合わせることでスツールやハイテーブルとなり、様々なレイアウトを可能にしています。特別な宴会室の壁は土佐漆喰を使用しており、上質な空間とし、『オキャクバ』のラフさと対比させています。2種類のお酒のための空間を用意しています」

hotel nansui オキャクバ(写真:Satoshi Shigeta)

― 坂本龍馬の物語はどのようにデザインしたのでしょうか。

「龍馬が見た世界や景色、考えたことなどと向き合い、内外装や家具のデザインをまとめました。エントランスには江戸時代に描かれ、龍馬など幕末の志士が見ていたのではないかという言い伝えがある世界地図と坂本龍馬の生涯の足跡をつないで表現した日本地図のアートワークを飾っています」

hotel nansui エントランス(写真:Satoshi Shigeta)

「ビル型の縦動線ですのでパブリックな空間とコモンの空間を離しました。最上階の7階にレセプション、ロビー、ラウンジ、そして龍馬に関連した書籍などがあるライブラリーからなる宿泊客だけが利用できるコモンの空間を持ってきています。ラウンジには龍馬に縁のある瀬戸内海の島の形をモチーフにしたソファも置いています。屋上にはルーフトップテラスがあり、7階と屋上のコモンの空間から高知城などの風景を楽しめます」

「ファサードや客室のヘッドボードなど建物内のいたるところに配した幾何学的パターンのような文様は坂本家の家紋をベースにデザインしたものです。『組み合い角に桔梗紋』という正方形の桝を45度傾けて重ね、中央に桔梗がある紋ですが、その正方形の部分だけ切り取って使っています」

hotel nansui レセプション(写真:Satoshi Shigeta)

「オリジナルはまだ公開されていませんが、設計中に発見された龍馬の手紙の全文をスキャンして2階のレストランに飾っています。また手紙のなかから異なる一文字を選び、33室の客室エントランスにあしらっています。手紙の原本をトレースしてデジタルデータ化したものです」

「このように館内に龍馬に関連するものをエレメントとしてデザインし、その背景にある物語をスタッフに伝えおり、客とのタッチポイントで話をするきっかけとしています。ホテル・旅館の予約サイトを見るとスタッフの対応がすごくよかったという口コミが多いですね」

hotel nansui 客室(スイート)(写真:Satoshi Shigeta)

[建築概要]
ryugon
所在地:新潟県南魚沼市坂戸1-6
用途:ホテル
規模:地上2階
構造:木造、一部鉄骨造
敷地面積:13,755.06㎡
延床面積:4,579.74㎡


hotel nansui
所在地:高知県高知市上町1-7-12
用途:ホテル
規模:地上8階
構造:RC造
敷地面積:631.33㎡
建築面積:509.40㎡
延床面積:3,106.03㎡



[プロフィール]
蘆田暢人  あしだ まさと
株式会社蘆田暢人建築設計事務所 代表
1975年京都生まれ。1998年京都大学建築学科卒業、2001年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。2001-2011年内藤廣建築設計事務所勤務。2012年 ㈱蘆田暢人建築設計事務所設立。同年 ㈱ENERGY MEETと共同設立。2017年より千葉大学非常勤講師。2018年 ㈱Future Research Instituteを共同設立。2024年より千葉工業大学非常勤講師。

Archi-Neering Design AWARD、iF DESIGN AWARD、これからの建築士賞、グッドデザイン賞、神奈川建築コンクール優秀賞、ウッドデザイン賞など受賞多数

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト&生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

26.06.08

L O G I S T I C S

A R C H I T E C T U R E