
建築の幸せ2025 Vol.3
人がゆるやかにつながる多様な空間と時間
連載「若手の設計プラン」「新しい建築の楽しさ」「新しい建築の楽しさ2020s」でご紹介させていただいたプロジェクトのなかから、今回完成後の感想をいただいたのは「東京大学総合図書館別館」「レッドウッド南港DC2 KLÜBBエリア」「Entô」「都城ハッピーハット」である。
東京大学総合図書館別館 東京大学川添研究室・川添善行さん

写真:小川重雄
設計をしているさなかに、多くのことを考え、悩み、迷ったプロジェクトでした。関係者も多く、日々なにかしらの課題を抱えていました。
キャンパスの中心にあることもあり、日々多くの人に使われている様子を見ると、設計の途中で感じたモヤモヤはすっかりどこかへ消え去ってしまい、清々しい
気持ちでこの建築と向き合うことができます。
建物の工事が終わることは何かしらの祝福に似たもののように感じますし、そこから始まる建築の新しいスタートを心から喜びたいと感じた、そういうプロジェクトでした。
レッドウッド南港DC2 KLÜBBエリア タカトタマガミデザイン代表・玉上貴人さん

写真:吉村昌也
「レッドウッド南港DC2」は2018年に完成し、翌年に売却された。設計に関わった者として寂しさを感じたが、その後10棟以上の物流施設開発に携わる中で、売却益を生む価値を提供することも我々の役割だと思えるようになった。パンデミックを契機に、物流倉庫の大型・高機能化が加速した。
施主のESRはウェルビーイングの観点からも施設の高機能化を進め、我々はその一環として休憩ラウンジや託児所の設計を担ってきた。こうした空間が、ESRの施設に職を求める人の動機になっていると聞き、目指した形が実現していることを実感している。
Entô MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO共同代表・原田真宏さん

写真:Kenʼichi Suzuki
島根県、松江の港からフェリーで3時間少し。隠岐島、海士町にそのホテルは完成した。
人口約2000人のその町は、2011年に島全域がユネスコによって世界ジオパークに認定された事を機に、インバウンドを含めた各地からの旅客を受け入れるためにホテル建設を決定したが、受注できるゼネコンが島内にあるはずもない。それで本土の工場でほとんどの加工を済ませることができるCLT大判による木製プレファブシステムを開発することになった。
通常のラグジュアルホテルのように過剰な装飾など望むべくもなく、そのデザインは必然的に最小限になる。そうしてこの無垢な木材からなる「一本の線」のようなホテルができ上がったわけだ。
滞在し窓外を眺めていると、微細ではあっても階調豊かな自然を深く知覚していることに気づく。一本の線としてのデザインは、たとえば海の色が青から藍へと
移るような、ほんの少しの変化を拾い相対化する基準線として機能しているのだろう。都市的な社会サービスが届かない、人界の縁のような土地だからこそ、静かに、しかし確かにそこにある自然と対峙することができる。
このホテルは「Entô」と名付けられた。遠い島の意味がある。
遠いこと、それは物理的距離として、あるいは社会からの概念的距離でもある。
都市から離れ、そして、いつのまにか人を取り巻き絡みついている社会というものを脱ぎ捨てて、自然と直に肌を合わせる感覚。
それはどんな豪華なサービスよりも、豊かな経験として現代人に響くのだろうか。
この最果ての地のホテルは、1年先まで予約で一杯である。
都城ハッピーハット DOG一級建築士事務所代表・齋藤隆太郎さん

写真:高橋菜生
都城ハッピーハットは、独居高齢女性がサポートを受けながら、互助関係の中で生活するための住居に加え、地域交流やフレイル予防のスタジオとしての集会所がつなぎ合わされた建築です。霧島の雄大な土壌の上に建ち、大きな南側の庭で畑仕事や散策等、居住者や地域の方々に使われていますが、近い将来、中庭を形成するようにさらに3戸の住居を増やし、
コミュニティ単位を広げながら終活や相続等のサポートを充実させていく予定です。実際に現在の使われ方を見ると、外部のルーバー壁が立ち並ぶ縁側廊下のベンチや花壇に集って、庭を眺めたり、団らんする風景が見られ、それが道路側からは見えにくく、設計意図が使い手にも伝わって嬉しく思います。
「東京大学総合図書館別館」は東京都文京区の本郷キャンパスにある。総合図書館本館前の噴水のある広場を改修し、地下に図書館を建設している。トップライトからの光が注ぐ地下1階は「ライブラリープラザ」と名付けられており、学習・研究目的の活動や、セミナー、講演会、展示会などのイベントのためのスペースである。その下の地下2~4階に約300万冊の収容力を持つ自動書庫がある。
「レッドウッド南港DC2」は大阪湾に面した大阪市住之江区南港にある。DC1、DC2の2棟から成り、それらを直角に配置し、エントランスが向かい合うような格好になっている。DC1は約12万㎡、DC2は約16万㎡という巨大さだ。DC2の共用部の休憩ラウンジは4階にあり、24時間利用できる。列柱によって垂直に分割した大開口があり、列柱まわりの一部はインナーテラスになっている。折り曲げた天井にして、折り曲げ方と高さが異なる様々な居場所をつくっている。床も波打ったような形にし、すべての席から港が見えるように奥に行くにしたがって高くしている。
「Entô」は島根県海士町の公設民営の宿泊・交流施設である。既存の本館を改修するとともに、新たな客層をターゲットにした別館を新築している。別館の客室数は18。隠岐ユネスコ世界ジオパークの拠点施設でもあり、展示室、ラウンジ、ダイニング、温泉などが設けられている。これまで町は様々なプロジェクトとの連携を図りながら、事業と収益を島内事業者や生産者へ配分し、循環させる仕組みを構築するという観光振興に取り組んでいる。その核と位置付けられている建築である。
「都城ハッピーハット」は単身女性高齢者の終活支援をする共同住宅だ。宮崎県都城市の郊外にある。広さと間取りが異なる賃貸の住戸、集会場などで構成されている。住居エリアは周辺に対してゆるやかに閉じているが集会場などは開いており、居住者と利用者が楽しく暮らしていけるような配置にしている。社会背景として単身女性高齢者が増加しているという状況がある。
学生・研究者・教員、働く人、観光客、単身女性高齢者。集まっている時間は短いのか長いのか、集まる人数は少ないのか多いのか。集まる人々によって集まる目的や形は異なり、その空間も異なる
人がゆるやかにつながる空間と時間があれば、そこで交流したい、働きたい、そこに滞在したい、住みたいという動機づけになるのではないか。
自宅が居心地よく、安心できると感じるのは同居者のことやどこに何があるかがわかっているからだ。自宅以外では他者との関係がわかり、社会との関係がわかるようにすると居心地のいい居場所になる。そして自然との関係もその要素のひとつである。
【プロフィール】
中崎 隆司(建築ジャーナリスト&生活環境プロデューサー)
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。
アーカイブ『新しい建築の楽しさ(www.akt2024.jp)』(2025年11月末で終了予定)にて、毎月「企画者だより」も連載中。
25.06.02