
建築の幸せ2025 Vol.4
楽しみ、嬉しさ、願い
連載「若手の設計プラン」「新しい建築の楽しさ」「新しい建築の楽しさ2020s」でご紹介したプロジェクトのなかから、今回完成後の感想をいただいたのは「国立テラス」「柳川のコミュニティオフィス」「鹿児島県トラック協会研修センター とらんじぇる」「緑の丘」である。
国立テラス:黒川智之建築設計事務所代表・黒川智之さん

写真:中山保寛
「国立テラス」の竣工からまもなく1年。先日、入居者の方から「気持ちの良い季節になったので、中庭で食事会を開くことになった。一緒にどうか」と声を掛けていただいた。お誘いに喜びを感じつつ、庭が人をつなぐ場として機能し始めていることに、設計者として深い感慨を覚えた。専用庭や屋上テラスにも緑が増え、入居者同士の何気ない会話のきっかけにもなっているという。
「国立テラス」では、多様な庭とともにある暮らしをテーマに設計した。コーポラティブハウスという仕組みのもと、その考えに共感する人々が集まり、小さな共同体のような関係が生まれている。これから庭とともに育まれる時間が、とのような物語を生むのか楽しみである。
柳川のコミュニティオフィス:PEAKSTUDIO共同代表・藤木俊大さん+to-ripple代表・杤尾直也さん

写真:peakstudio
ヒラカワ本社が竣工し、従業員の皆さんに使われ始めてから約半年が経つ。といっても前面道路の拡幅工事はまだ工事半ばであり、お施主さんの予てからの想いである、”地域に開かれた公園”となる外構もまだまだこれからだ。地方の一企業の拠点であると同時に、地域の方々の憩いの場でもありたいというコンセプトは今動き出したばかりである。
しかし全体の完成を待たずに企画は動き出しているようである。外部と連続したエントランスの土間空間では毎週金曜日にお弁当を販売しており、誰でもランチに立ち寄ることができるという。地域に開かれた”ヒラクラウンジ”でもヨガにフラワーアレンジメント等、カルチャースクールが開催される。
地域に根ざす企業が、周りを巻き込みながら、そして建築を使い倒しながら新しい風景を作ってゆく様が楽しみである。
鹿児島県トラック協会研修センター とらんじぇる:南俊允建築設計事務所代表・南俊允さん

写真:toshimitsu minami
とらんじぇるは、2025年1月下旬にオープンしました。本センターは、鹿児島県トラック協会事務局と7委員会、8支部、15部会等、多くの団体の活動拠点であるため、オープン以来さまざまな人が訪れています。中央の大きなホールは事務エリアまで繋がっており、訪れた人が事務局で働いている人の気配を感じられるとともに、働く人にとっても、天候や光など、
鹿児島の豊かな環境を感じながら働く環境ができました。物流の2025年問題を超えて働き方や組織をオープンにしていくことが求められる中、落成式典の際に、全日本トラック協会会長の「鹿児島らしいオープンで気持ちのいい建築だ。」という言葉が皆にとって嬉しい言葉でした。
「緑の丘」︓畑友洋建築設計事務所代表・畑友洋さん
いよいよ神戸の港TOT TEI PARKに「緑の丘」が立ち上がった。まだ産声を上げたばかりの丘は、苗木による丘となっているが、かつて禿山となった六甲山を緑豊かな山に再生した神戸の方々を中心に、この場所を訪れる多くの人々に愛され、育まれることで、豊かな緑でおおわれた丘となって成長していく建築の姿となることを強く期待している。
この緑の丘の建築と広場が一体となって、神戸の海と山を花と緑で結ぶ都市計画上の南北のシンボル軸であるフラワーロードの港の起終点として、海と山という雄大な景観と接続し、まるで自分が風景の一部となったような経験が得られる新しい都市のオープンスペースとなることを願っている。
「国立テラス」は、東京の郊外のJR国立駅から徒歩約10分の位置にあるコーポラティブハウスである。周辺は一橋大学のキャンパスや、大正時代に開発された住宅地が広がっている。
旗竿敷地で、全6戸からなる。単純な2階建てタイプと1階と2階を切り替えたクロスメゾネット・タイプがあり、住戸間の関係性が単純にならないような構成にしている。
建物の入口側に設けた共用庭、隣地に面する各住戸の専用庭、2階レベルに設けられた各住戸の専用テラス、そして屋上テラスが設けられている。多様にちりばめられた庭とテラスが生活を介してつながっている。
「柳川のコミュニティオフィス」は福岡県柳川市内の国道沿いにある。ガソリンスタンド業を中心に様々な事業を展開する地域密着企業の本社の建て替えである。
1階にラウンジや地域交流のフリースペースなどを配置している。ラウンジにはキューブの可動式の家具を設置しており、キューブの配置次第で多様な使い方が可能である。ワークショップ、イベントなどを開催する。
人の居場所を多くつくり、活動を大きく包み込むような建築であり、気軽に訪れやすい雰囲気をつくることで地域住民にも使われる場になることを目指している。
「鹿児島県トラック協会研修センター とらんじぇる」は鹿児島市内の工場団地の一画にある。異なるボリュームを雁行配置し、屋根は偏心した切妻屋根とヴォールト屋根の連なりで構成している。
1階に事務室と天井高のある大研修室、2階には大小2つの貸事務室と小研修室を配置している。
中央ホールを吹き抜け空間にし、2階にも各室をつなぐ開かれたスペースを設けている。ヴォールト屋根の下が大研修室であり、単体として感じられる空間になっている。
「緑の丘」は神戸市の中心市街地に近いウォーターフロントの新港第二突堤の先端部分にある。新港第二突堤全体に新たにつけられた名称はTOT TEIであり、最大1万人収容規模のアリーナと商業施設、そして港湾緑地のTOT TEI PARKからなる。
「緑の丘」はTOT TEI PARKにあり、港と六甲山系の山並みを一望できる場所に位置する。敷地全体をひとつのピクニックシートに見立て、敷地の対角線の北東の端をつまみあげたような建築である。屋上を緑化し、周辺の緑地や広場と連続するようにして開放し、建築とランドスケープをひとつの風景にまとめている。
この4つの建築は昨年から今年にかけて竣工、オープンしている。
共同住宅は集まるという意味をどう表現するかである。単身世帯が増加しており、「多様性」と「ゆるやかさ」をベクトルとして、集まる意味もその意匠も変化していく。
ワークプレイスはこのシリーズの第2回でも紹介したが、企業の成長段階、地域特性、業種によって様々な表現が可能である。集まることや場の共有がより重要になってくる。そして外部空間が地域や周辺と、ゆるやかにつながる風景をつくっていくだろう。
物流はデジタル化の進展とともに都市と建築を確実に変えていく。
港湾緑地は港湾環境整備計画制度(みなと緑地PPP)によって変化していくエリアであり、「緑の丘」はその国内第一号の認定を受けている。 ウォーターフロントに建築とランドスケープを融合させた表現が増えていくことだろう。
今回でシリーズは終了するが、建築の機能や様相は変化を続けるだろう。
建築に幸せを求めることは変わらない。
【プロフィール】
中崎 隆司(建築ジャーナリスト&生活環境プロデューサー)
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。
アーカイブ『新しい建築の楽しさ(www.akt2024.jp)』(2025年11月末で終了予定)にて、毎月「企画者だより」も連載中。
25.07.01