
建築の幸せ2025 Vol.2
内外に広がる脱・均質空間
連載「若手の設計プラン」「新しい建築の楽しさ」「新しい建築の楽しさ2020s」で紹介したプロジェクトの用途のなかで、多かったひとつはワークプレイスである。
今回完成後の感想をいただいた建築は「水道橋のオフィス」「笹島高架下オフィス」「ヤマニパッケージ新社屋」「SYNEGIC office」である。
「水道橋のオフィス」 studio YY共同代表・田中裕一さん

写真:エスエス 海谷征生
縁側に腰かけて祖父と話し、畑と繋がる土間で祖母が育てたトマトを食べ、米蔵の大きな軒下を秘密基地のようにして遊んだ。日本家屋は、建物の外と中が一体的で、縁側、土間や軒下など、いつもそのちょうど境界(はざま)に楽しい場が生まれていた。完成した「水道橋のオフィスビル」を振り返りながら、祖父母の家を思い出した。このオフィスビルは、まさに
建物と外のはざまそのものを設計したような建築だ。はざまに潜む空間に、楽しい居場所や、コロナの問題やコミュニケーション、街との繋がり等、様々な現代の問題を乗り越える手がかりがあることを実感した。そして現在も、町を楽しくする、外に開いたオフィスビルの設計を進めている。
「笹島高架下オフィス」MARU architecture共同代表・高野洋平さん
新幹線高架下に木造のオフィス空間ができた。着工前は、高架は巨大な土木構造物として人間のスケールとかけ離れたものであるように感じられたが、高架を縫うように差し込まれた木造の構造体によって、身体感覚と接続した感があった。
高架と木造という2つの構造体のせめぎあう関係は、空間の中に変化に富んだリズムと多様なスケールの
隙間空間を生み出している。その隙間に人々が入り込み、様々に物を置きながら場を使いこなしている様子は、動物が巣をつくるようでもある。
今回の木造架構は、都市インフラと人間の身体スケールをつなぐものとして、今後も多様に使われ、変化し続けていくことを期待している。
「ヤマニパッケージ新社屋」 Uo.A代表・ 魚谷剛紀さん

写真:Kenichi Suzuki
岐阜駅からほど近くの場所に、私たちが設計した(ほとり建築事務所と共同)、「ヤマニパッケージ社屋」が竣工した。写真は、アトリウムの採光と植栽、人の居場所を映していて、時間や季節の変化を感じられる。屋内外の植物による調湿調温効果や機能性にも配慮しながら、執務空間としての更新を図った。さらには、今までは職場と呼んでいたオフィスが、「職以外」のことも共有できる場として計画し、オンラインなどで働く場所を選ぶことのできる時代に、新しい
「帰属」としてのオフィスの存り方を提案した。
交差点に面して地域在来の樹種を選定した緑地は、オフィスの緩衝帯であり、まちの鑑賞の場ともなっていて、既に鳥や虫などが多く訪れている。外壁のアルミパネルに映り込む景色と合わせて、そして今後も樹々の成長と合わせて穏やかにまちとの関係を更新していく。
「SYNEGIC office」 UENOA architects共同代表長谷川欣則さん

写真:Hiroyuki Hirai
完成して7年を迎えようとしている現在でも、年に1,2回は訪れている。
CLT壁面、木トラスが印象的な空間であるが、時間と共に少しずつ深い色味になり、それぞれの建築部位が機能を超えて少しずつ融合してきているかのような感覚を受けた。人と同じように変化する木の面白い側面である。
またこのプロジェクトの外構には「在来種の森を育てる」ことを目標として、社員さんと山奥から種を拾い苗を育てた。敷地内に植えた苗が近年急激に成長をし始めている。数十年後建物が隠れるくらい木々が育つことが楽しみである。
創業期、成長期、成熟期など企業のライフサイクルの各ステージで求められるワークプレイスは異なる。
「水道橋のオフィス」は東京のJR水道橋駅近くに建つスタートアップ企業などをテナントとして想定したオフィスビルである。規模はRC造地上6階建て延べ床面積659.65㎡であり、ワンフロアの面積は約100㎡である。階ごとに異なるテラスを設けており、前面に視界が広がっている。
「笹島高架下オフィス」はJR名古屋駅に近い大規模再開発エリアの端に接している。木造2階建て延べ床面積約1,000㎡のテナントオフィスビルである。新幹線の高架の梁は2段になっている。その梁を避けながら床をスキップフロア状に分割し、様々な使い方ができる場所をつくっている。視線が抜け、1階と2階がつながってみえてくるような一体的な空間にしている。
「SYNEGIC office」は宮城県富谷市にある木造用ビスメーカーの新社屋だ。事業規模が拡大したため、敷地を購入して新築することになった。規模は木造2階建て延べ床面積1,000㎡弱だ。
「ヤマニパッケージ新社屋」は岐阜市に建つパッケージ・包装資材専門企業の新社屋である。既存の本社は機能が分散していた。計画立案に当たって要望されたのは部署の必要面積の確保、部署間の関係性と動線の整理などだった。敷地はL字型で南北2面が接道しており、面積は約2,500㎡だ。規模は鉄骨造3階建て延べ床面積約3,000㎡である。
さて感想のなかにある「建物と外のはざまそのものを設計」(田中さん)、「変化に富んだリズムと多様なスケールの隙間空間」(高野さん)から、均質ではないワークプレイスをデザインしようとしていることがわかる。
敷地条件によってできることは異なるが、「樹々の成長と合わせて穏やかにまちとの関係を更新していく」(魚谷さん)、「数十年後建物が隠れるくらい木々が育つことが楽しみである」(長谷川さん)という感想も抜粋したいと思った。
「笹島高架下オフィス」と「SYNEGIC office」は木造であり、「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」などにより、ワークプレイスの木造化・木質化の事例は増加していくだろう。
どのような業種、そして企業のどのような成長段階においても個人が尊重され、主体的に仕事に取り組むことができる環境が大切である。ワークプレイスをデザインするとは、組織内における人間関係のバランスを調整できる時間と空間をデザインすることだと思っている。そして周辺環境を考慮しながら、まちの風景をつくっていくことも大切だ。
【プロフィール】
中崎 隆司(建築ジャーナリスト&生活環境プロデューサー)
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。
アーカイブ『新しい建築の楽しさ(www.akt2024.jp)』(2025年11月末で終了予定)にて、毎月「企画者だより」も連載中。
25.05.01