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新しい建築の楽しさ2020s Vol.27

取材・文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)

高橋酒造 田野蒸留所・交流施設(仮称)

平瀬有人、平瀬祐子|株式会社yHa architects

廃校施設を活用してウイスキーの醸造所・貯蔵庫・交流施設に改修するプロジェクト。物質的、郷愁的、地域的記憶の継承をめざす。

 毎年多くの学校が廃校されており、約7400の廃校施設があるという。そのうちの約74%が活用されているそうだ。活用事例は公共施設、体験交流施設、福祉施設などのほか、企業や法人による創業支援のためのオフィス、工場など様々である。

 建築家の平瀬有人さんと平瀬祐子さんが熊本県にある廃校施設を活用したウイスキーの醸造所・貯蔵庫・交流施設の改修プロジェクトに取り組んでいる。
  依頼者は1900年創業の地元の球磨焼酎酒造会社の高橋酒造であり、同社にとってウイスキーの醸造は挑戦的な新規事業である。またこのプロジェクトは熊本県が「環境デザインに対する関心を高め、都市文化並びに建築文化の向上を図るとともに、文化情報発信地としての熊本を目指して、後世に残る文化的資産を創造する」ことを目的に推進している「くまもとアートポリス事業」の参加事業である。

改修前の既存校舎・体育館

 さて計画地は熊本県の最南部に位置する人口約3万人の人吉市の山間部の田野地区にある。今回活用する廃校施設は1988年に竣工し、2014年に廃校となった旧田野小学校の木造平屋の校舎とS造の体育館だ。東西方向に並び立つそれぞれを貯蔵庫と蒸留所に改修する。また南側に細長い直線的なS造の建物を増築し、旧校舎と旧体育館の2棟とつなぐ。建物の規模は2階建て延べ床面積1,278㎡である。

旧校舎の屋根裏を利用して2Fの床を新設

 設計のコンセプトは物質的記憶、郷愁的記憶、地域的記憶の3つの記憶の継承である。

 「依頼者も地域住民も古いものを活かしながら、現代的に使い、未来につなげていきたいという思いで一致していた。私たちもその思いを大切にしたいと考えた。物質的記憶は地域住民が愛着を持っている旧校舎の赤い屋根のことであり、シンボルとして過去と未来をつないでくれる。旧校舎北側の水田に映えた姿がとても美しい。2つ目は郷愁的記憶。屋根裏の木架構がとても良い状態で残っており、これをできるだけ活用し、小学校の教室らしい懐かしいイメージを残したいと考えた。そして屋根裏に南北方向に貫通する2階の床を鉄骨で新設し、新旧が一体となるようなデザインにしようと思った。3つ目の記憶については計画地が標高680mにあり、高原につながるオープンなロケーションにあることから地域的記憶としてその自然の文脈を生かしたいと考えた」(有人さん)。

古い施設を保存するだけでなく積極的に活用して未来につなげる。大切なのはそこに人が集まること。

 1階は主に生産ゾーンであり、見学者動線と作業動線と分けている。見学者は旧校舎の西側のエントランスをそのまま使用したエントランスから入る。その右側に旧職員室を改修した交流スペースが配置されている。

旧校舎1Fのスロープ状の見学通路から貯蔵庫を望む

 見学者は旧校舎の廊下の位置に設けたスロープ状の通路を、旧教室を改修した貯蔵庫を右側に見ながら2階の展示・見学スペースに上がっていく。グラウンド側に増築した2階に試飲・物販スペースがあり、南側の周辺の風景を眺めながら試飲を楽しむことができる。そこから東側に続くように設けられたデッキを進むと、蒸留所の中央の2階部分を南北方向に貫通するように設けた見学・展示ブリッジがあり、1階で稼働している蒸留所を見学できる。そしてその先の北端に展望スペースが用意されている。

 「建造物を単に保存するだけではなく、新しく求められる機能に適合させ、積極的に活用し、その場所に人が集まることが大事だ。長く愛される場所になってほしい」(有人さん)。

旧体育館2Fの見学ブリッジより蒸留所を望む
2F試飲・物販スペース

 国内外でウイスキーの需要が高まっているそうだ。国産ウイスキーの評価や需要も高まっており、10年以上熟成されたウイスキーは品薄という。大手酒造企業は生産量を増やすために新たな投資を始めると発表している。また全国各地でクラフトウイスキー(地ウイスキー)を生産する事業者も増えている。

 ウイスキーは樽で長期熟成させてつくる。製造から最低3年は熟成させないと出荷できないそうだ。
 建物が完成するのは2024年8月の予定である。そこからウイスキーとともに建物も熟成を始め、ウイスキーを出荷する頃には既存の建物と新築の建物が一体感を増した建物群となっていることだろう。

[プロジェクト概要]
名称:高橋酒造 田野蒸留所・交流施設(仮称)
建設地:熊本県人吉市田野町3316-4
建築・監理:yHa architects
構造:yAt構造設計事務所
設備:RISE設計室
照明デザイン:B&Lighting
施工:速永工務店
敷地面積:11,011.23㎡
改修後 延床面積:1,278.32㎡(1階: 890.56㎡ 2階:387.76㎡)
    増築面積:380.74㎡
改修前 延床面積:897.58㎡(既存校舎:423.54㎡ 既存体育館:474.04㎡)
構造:木造(既存校舎)・鉄骨造(既存体育館) 鉄骨造(増築部)
設計期間:2021年12月〜2023年5月
施工期間:2023年6月〜2024年8月(予定)

[プロフィール]
平瀬 有人 ひらせ ゆうじん
1976年東京都生まれ。1999年早稲田大学理工学部建築学科卒業。2001年早稲田大学大学院修士課程修了。07年〜yHa architects。07〜08年文化庁新進芸術家海外研修制度研究員(在スイス)。08〜23年佐賀大学理工学部准教授。17年建築作品による博士(建築学)学位取得(早稲田大学)。23年〜早稲田大学芸術学校教授。

平瀬 祐子 ひらせ ゆうこ
1975年東京都生まれ。1999年早稲田大学理工学部建築学科卒業。2001年早稲田大学大学院修士課程修了。03~05年藤江和子アトリエ。07~08年 HHF architects(在スイス)。08年~yHa architects。

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

24.08.01

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