
見せる。働く。 Vol.1
建築は事業理念の表現であり、事業活動を行う労働空間です。つまり「見せる」場であり、「働く」場です。この2つの視点から建築家にインタビューします。
ウイスキー蒸留所とグループホームの「見せる」「働く」をSOGO建築設計共同代表の十河彰さん、十河麻美さんに聞く
企画・構成:中崎隆司
■小諸蒸留所・ジムスワンハウス

左︓小諸蒸留所(写真︓Shun Fukuda)、右︓ジムスワンハウス(写真︓Shun Fukuda)
― 2023年オープンの小諸蒸留所とジムスワンハウスからお聞きします。
十河彰さん 敷地は長野県小諸市内の浅間山の麓にあります。小諸蒸留所は蒸留室とビジターセンターで構成され、ジムスワンハウスは2棟の熟成庫からなっています。
道路側にウイスキーづくりの顔である蒸留室を配置しており、ガラス越しにポットスチル(蒸留器)が見えます。反対側にあるビジターセンターは地場産のカラマツで覆われた巨大な軒が観光客を迎えています。
ビジターセンターの内部は2層吹き抜けのエントランスホールと飲食・物販の空間であり、お酒を飲みながら蒸留室を見ることができるような配置にしています。
ビジターセンターは素材が持つ伸びやかさ、大きさ、力強さ、贅沢さを見せることを考えました。ロングスパンの梁には鉄を使用し、天井面には木を使っています。木目がそろい、照明器具や点検口との取り合いもていねいな仕事がなされており、木でつくる自由さとていねいさといった魅力が感じられるようにしています。

小諸蒸留所のビジターセンター(写真︓Shun Fukuda)
彰さん 建築主である軽井沢蒸留酒製造の副社長は、経験豊富な蒸留家であるイアン・チャンさんです。彼はウイスキーの伝統的な製法を採用していますが、細かくデータを取り、香り成分の化学分析などもします。熟成では自然環境の温度変化を大事にし、その恵みをウイスキーのなかに閉じ込めたいと要望しました。
彼のウイスキーづくりの哲学を封じ込めたような建築にできないかと考えました。さらに視察した海外の蒸留所は豊かで贅沢な環境で誇らしげに働いていましたので、そういう環境を日本のものづくりのなかにつくりたいと思いました。

小諸蒸留所の蒸留室(写真︓Shun Fukuda)
― 熟成庫(ジムスワンハウス)は森の中にありますね。
彰さん ウイスキーの風味の6割は熟成で決まると言われており、熟成という工程はウイスキーの特徴的なポイントです。つまりウイスキーづくりは熟成庫が重要になります。
チャンさんの師であるジム・スワン博士の名前を冠した熟成庫の床の仕上げは自然の土に微生物が生き続けられるように特別に調合した有機性土壌改良剤を加え、ウイスキー樽の荷重に耐えられるようにしています。
それを覆う高さ13m、幅26m、長さ40mのアーチ型の構造体は野戦病院などに使用される工法を応用しています。この構造体は軽量であり、コンクリートの基礎を最小限に抑え、土壌への影響を最小限にしています。
そして天井には円形の照明器具を並べています。熟成中のウイスキーの蒸発にまつわる伝承「天使の分け前」から着想を得ています。ウイスキーの歴史と文化を発信するための建築であろうとするしつらえです。
特別なガイド・ツアーに参加すると熟成庫の見学ができ、ゲストルームで熟成中のウイスキーを飲むことができます。ここでしか飲めない味です。ウイスキーづくりの哲学に沿った熟成庫は観光客にとっても魅力のある建築です。

ジムスワンハウス内観(写真︓SOGO AUD)
― 地域の新たなエコシステムをつくることも目指しているようですね。
彰さん ウイスキーは地名がブランドであり、土地に対する敬意と土地の味を凝縮しています。地域経済、資源循環においてエコシステムのようなものを生むことができるのではないでしょうか。
ウイスキーづくりを観光資源にすることで観光客が来て地域に雇用が生まれます。またウイスキーづくりの中で栄養価が豊富な副産物がでてきます。それを家畜の餌や肥料に使用すれば資源を循環することができます。

小諸蒸留所が生み出す新たなエコシステム(図︓SOGO建築設計)
― ビジターセンターと蒸留室、熟成室では働く役割と環境が異なります。
十河麻美さん 従業員は約30名です。プロダクションチームとビジターセンターチームに分かれていますが、休憩室は一緒にしています。コミュニケーションを発生させた方がいいものづくりにつながるからです。ビジターセンターチームのアイデアでウイスキーポークやスイーツなどの商品も生まれています。
彰さん シャワー室はありますが、蒸留室は暑く、汗をかきながら作業をします。熟成庫は例えば、春の朝いちばん低い時で温度が5度、昼は35度になります。冬は霧のようなものが立ち込めています。湿度は高い。樽が乾くと液漏れするからです。カビや苔が生えます。
人手がかかるのは樽の管理です。肉体労働であり、手間暇がかかります。高い集中力を維持することでクオリティは安定します。人間の手がつくっていることをガイド・ツアー客にも見て知ってもらえるように建築をていねいにつくりました。
■峠のグループホーム・角地の小さなグループホーム・丘の上のグループホーム

左︓峠のグループホーム(写真︓SOGO AUD)
中央︓角地の小さなグループホーム(写真︓SOGO AUD)
右︓丘の上のグループホーム(写真︓Shun Fukuda)
― NPO法人はなが運営する3つの知的障害者のグループホームについてお聞きします。
彰さん 3つとも八王子市内にあり、「峠のグループホーム」(2016年)「角地の小さなグループホーム」(2019年)「丘の上のグループホーム」(2021年)の順に完成しています。
グループホームは食事の準備や掃除、洗濯などの日常生活の支援を受けながら自立した共同生活を送る住まいです。
運営者は施設にしないで家としてつくってほしいと要望し、できることは入居者が自分でやるということを大事にしたいと言われました。洗濯の物干しなど自分でしたいと思った時にそれを支援するようなしつらえを織り込んでいます。
麻美さん 施設は管理側から入居者をコントロールするということが重要視されます。グループホームは入居者に自主性があり、自分の家だと思えるものをつくっていきたいと考えました。例えば峠のグループホームはリビングを見下ろせる階段があり、そこを居場所にしている入居者がいます。

峠のグループホーム断面(図︓SOGO建築設計)
彰さん 丘の上グループホームは2層で男女に分けています。定員7名ですが、10室あります。1室は支援者が休憩や夜勤で泊まるようにしています。2室は余剰として残しています。トラブルなどがあった時に部屋を移れるなど運営の自由度が高くなります。
峠のグループホームは4人の男性入居者が生活しています。5室あって1階の1室はNPO法人の本部として使用されています。そこにはロフトがあり、支援者は仮眠できます。2階にある居室の床に段差をつけており、漏れる光で上下階を緩やかに関係づけ、就寝など入居者の生活のリズムを1階の支援者が確認することができます。
角地の小さなグループホームは4人の女性入居者が暮らしています。峠グループホームに歩いて30秒ぐらいで行けます。峠グループホームには大きなキッチンとダイニングテーブルがあり、角地の小さなグループホームもそちらで食事をしています。峠のグループホームにいるスタッフが角地の小さなグループホームも管理・支援しています。
3つのグループホームは徒歩2分ぐらいの距離の中にあります。歩いていけるような距離であれば少人数で対応でき、運営コスト的にも成立します。

角地の小さなグループホーム外観(写真︓SOGO AUD)
― 地域社会に深く根差すグループホームを目指しているのですね。
彰さん NPO法人は既存のアパートを借り改修して住宅地の中で地域コミュニティと関係を築きながらグループホーム運営していました。グループホームは普通の生活をするためのものという趣旨を考えれば新しくつくるグループホームもまちのなかに溶け込むようにつくっていこうと考えました。
丘の上のグループホームは木と鉄のハイブリッド構造の深い庇が建物内部の共用スペースと外部空間を一体化させています。広い土間があり、ベンチを置いています。靴を履いたままコミュニケーションができるようにしています。
麻美さん 靴を脱ぐのに抵抗感のある方もいますので入りやすくしました。
彰さん バランスを大切にしています。地域に開く時に本当に開いた形で使われるかを重視しています。設計者が開けますといっても住む人が閉じたいと思ったら閉じることができるようにしています。使う人がしっかり守られていると感じると開くことができます。はっきり内外を区画し、距離をとった構成にしたものもあります。広い道路に面している場合は目線よりも高い位置に大きな窓を設け、プライバシーが守られるようにしています。

丘の上のグループホーム外観(写真︓Shun Fukuda)
― 地域住民との交流も行われているようですね。
彰さん 日中、入居者は作業所や企業などに働きに出かけており、共用部は空いています。老人会の集まりや自治会の集まりなど人が集まれる場所として地域の人に使ってもらっています。
地域の人にグループホームはどういう人が暮らしていて、どういうことをやろうとしているのか、内部がどうなっているかを知ってもらえれば地域社会とうまくやっていけるのではないでしょうか。そうすることで何かあった時に助けてもらえ、地域を助けることもできる。福祉はグループホーム単体で成立するものではなくて地域社会に深く根差した方が、意義があるのではないでしょうか。
麻美さん 地域を支える、何かがあった時に防災拠点になりたいという意識が3つのグループホームをつくっていくなかで強まっていきました。丘の上のグループホームは災害時の福祉の避難所としての活用を見据え、雨水タンクと手押しポンプ、非常用発電機、ガスと電気の調理用熱源などを備えており、防災訓練もしています。

丘の上のグループホーム内観(写真︓Shun Fukuda)
― それでは最後に建築に対する姿勢を改めてお聞きします。
彰さん 建築的な理念をプロジェクトに押し込むようなことはやりたくありません。建築家に建築を頼む人はモティベーションが高く、特徴的な考え方を持っている人が多いと思います。依頼者のパーソナリティーや特徴を建築に宿すことができるといいなと思っています。
麻美さん 形態のスタイルみたいなものは考えていません。プロセスや考え方自体がスタイルであり、それを大事にしたい。長期的な視点を持ちたいと思います。建築は完成した後、使う人がいて、使われて社会の役に立ちます。役に立つというのが建築の強いところです。
[建築概要]
小諸蒸留所
竣工年 ︓2023年
所在地 ︓長野県小諸市
用 途 ︓ウイスキー蒸留所、店舗、飲食店、事務所
規 模 ︓地上2階
建築面積︓1135㎡
延床面積︓15034㎡
構 造 ︓鉄骨造+RC造
ジムスワンハウス
竣工年 ︓2023年
所在地 ︓長野県小諸市
用 途 ︓ウイスキー熟成庫
規 模 ︓地上2階
建築面積︓2064㎡
延床面積︓2191㎡
構 造 ︓鉄骨造
峠のグループホーム
竣工年 ︓2016年
所在地 ︓東京都八王子市
用 途 ︓知的障がい者グループホーム
規 模 ︓地上2階
建築面積︓75㎡
延床面積︓147㎡
構 造 ︓RC造+木造+鉄骨造
角地の小さなグループホーム
竣工年 ︓2019年
所在地 ︓東京都八王子市
用 途 ︓知的障がい者グループホーム
規 模 ︓地上2階
建築面積︓61㎡
延床面積︓86㎡
構 造 ︓木造+鉄骨造
丘の上のグループホーム
竣工年 ︓2021年
所在地 ︓東京都八王子市
用 途 ︓知的障がい者グループホーム
規 模 ︓地上2階
建築面積︓147㎡
延床面積︓200㎡
構 造 ︓木造+鉄骨造

[プロフィール]
十河 彰 そごう あきら
株式会社SOGO建築設計 代表取締役
1981年 香川県生まれ。2006年 東京藝術大学大学
院修了。2009年 カリフォルニア大学ロサンゼル
ス校(UCLA)大学院修了(フルブライト奨学生)。2009~15年 新居千秋都市建築設計。2015年~ SOGO建築設計。2017年~ 東京都市大学 非常勤講師。2025年~ 東洋大学人間環境デザイン学科 講師。
十河 麻美 そごう まみ
株式会社SOGO建築設計 代表取締役
1980年 東京都生まれ。2004年 東京都市大学卒業。
2010~12年 キー・オペレーション。2012年 SOGO
建築設計設立。
主な作品に『丘の上のグループホーム』『小諸蒸留
所』『森に漂う』など。主な受賞に『医療福祉建築
賞』『AACA賞奨励賞』『中部建築賞』『グッドデザ
イン賞ベスト100』など。
中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト&生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。
25.12.01