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新しい建築の楽しさ2020s Vol.12

取材・文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)

被爆建物を有する社屋の持続的更新計画

寳神尚史|日吉坂事務所

広島の老舗箔メーカーの本社屋建て替えプロジェクト。敷地内に複数ある被曝した建物、部材、部位を貴重な遺産として静的に保存するのではなく、動的な利用も伴う保存をめざす。

 今回は記憶の伝承の話である。企業が同じ場所で事業を継続していくために建て替えをする場合、その建物や土地の記憶をどのように伝承するかが設計のテーマのひとつとなる。

 建築家の寳神尚史さんが広島市内にある老舗の箔メーカーの本社屋の建て替えのプロジェクトに取り組んでいる。
 現本社屋の延べ床面積は約1000㎡であり、東西2面が道路に面している。現本社屋は増築などを繰り返してきており、その中に太平洋戦争の時に原爆で被爆した約35㎡のRC棟(現資料庫)、約250㎡の工場(現乾燥場)の木造架構と煙突、階段の踏み板という建物、部材、部位がある。木造架構と踏み板は近くの小学校から譲り受けたものだという。

現状の外観写真。点線で示した部分に被爆建物、被爆部材が埋め込まれている。

 「それぞれが被爆した状態から様々に転用されつつ、この建物の中に埋め込まれているという状況にある。そのような被爆した建物、部材、部位は資産であると思っている。動的な保存という言い方をしているが、静かに保存するのではなくて積極的な利用も伴うような保存を計っていく。社屋全体の整理整頓と遺産の持続を同時にやっていきたいから始まり、施主と一緒に考えている」(寳神さん)。

 被爆遺構は敷地西側の位置にあり、左から木造架構と煙突、RC棟とその奥の階段室という順に間を空けて並列に並んでいる。

 「被爆遺構周辺を2期に分けて解体し、ラーメン構造の鉄骨フレームの躯体で新築して床面積を1.5倍にする。それをインフラのように使いながら被爆遺構を動的に保存していく。結果として残すもの、新しく建てるもの、残すもの、新しく建てるものとストライプ状のコントラストが生まれる。その対比をそのまま受け入れる。残すべきものは手を加えるのではなく、きれいに手入れをしてそのままにする。新しい部分は目立たたせるわけではなく、信頼できるインフラとしてプレーンにつくる」(寳神さん)。

現状をいかに整理するかを簡略的に図示した配置図。茶色で塗りつぶした部分が
被爆建物・部材・部位、白は新築部分、グレーは既存をそのまま生かす部分。

被曝遺構を積極的に開いていくことが、結果として会社の経営的価値を生む。

 木造架構の工場は外壁を更新し、RC棟と階段は新築のガラスの空間の中に収める。エントランスをRC棟の右側に設け、RC棟の横から内部に入り、被爆遺構を体験する動線にする。その先に明るい開放的なメインホールがある。
 敷地東側に位置する既存の社屋は躯体を生かして内装を更新してショールームとして整備する。
 被爆遺構と新築棟に相補的な関係性を持たせながら本社屋機能の向上を図っていくというプランだ。

エントランスから被曝RC建物に新しく設けた開口越しにメインホールを眺める。
メインホールから被曝RC棟と被曝部位を用いた階段室を眺める。

 「被爆遺構は記憶を思い起こさせる力があると思っている。それを積極的に開いていくということは結果としてこの会社のものを大切にする姿勢が伝わり、認知度が上がっていくなど会社の経営という意味でも価値がある。ゆくゆくはこの中を見学できるようにし、新規事業としてショップや宿泊ルームなどをつくる構想もある。被爆遺構をどのように位置づけるか。どう資産としてとらえていくか。現代における見立てを常に行い、さらに彼らの商材が持っている現代性を常に見つけながら更新していくことがオーバーラップするようにしていく。この空間全体が積極的な経営的価値を生む資産にもなりうるというストーリーを描いている」(寳神さん)。

 そして次のように続けた。

 「ここで語るものは何かと言うとエイジングだと思っている。被爆して75年ぐらいになるが、75年の月日の積み重ねが生み出した存在のエイジング感、例えば階段の踏み板は被爆前も使われていたし、今も使われている。厚みのある木の角がすり減っていっている。これからも続いていくすり減りの積み重ねみたいなものが過去に思いをはせる力につながるだろうと感じている」(寳神さん)。

 記憶を伝承しながら、働く空間として更新する。寳神さんは記憶の伝承を建築の表現とするという課題に対しては黒子的な表現を選択している。これから検討される働く空間の詳細がどのような表現になっていくのか楽しみである。
 さて建築ができることは幸せなことである。そして平和でなければ記憶を伝承することも事業を継続することもできない。

[プロジェクト概要]
・主要用途:工場、事務所、店舗等
・構造:鉄筋コンクリート造、鉄骨造、木造
・建築面積:(被爆RC)35㎡、(新築棟)600㎡、(被爆木造使用棟)250㎡、(既存棟)180㎡
・延床面積:(被爆RC)35㎡、(新築棟)1200㎡、(被爆木造使用棟)500㎡、(既存棟)450㎡
・設計:寳神尚史、太田温子(日吉坂事務所)
・構造設計協力:坂田涼太郎構造設計事務所
・竣工予定:2025年以降(継続)

[プロフィール]

寳神尚史 ほうじん ひさし
1975年神奈川県生まれ。99年明治大学大学院理工学部建築修士課程修了。青木淳建築計画事務所勤務を経て、2005年日吉坂事務所開設。現在、京都芸術大学、明星大学、工学院大学、日本女子大学、日本大学で非常勤講師を務める。受賞多数。



中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

22.02.01

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