新しい建築の楽しさ2020s Vol.20
取材・文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)
国立テラス(仮称)
黒川智之|株式会社黒川智之建築設計事務所
共用空間のあり方を入居者とともにボトムアップ的に考えるコーポラティブハウスのプロジェクト
新型コロナウイルス感染症禍以前はシェアハウスやシェアオフィス、コーワーキングスペースなど集まって住む、集まって働くという空間が話題となった。そして感染症禍が始まると集まらなくて働くというリモートワークなどが広がり、そのための空間が注目された。それらの経験を経た後の「集まる」という意味と意匠、仕組みについて考えるきっかけを取材したいと考えた。
建築家の黒川智之さんが30代前半の入居者が中心の6世帯が暮らすコーポラティブハウスのプロジェクトに取り組んでいる。プロデュースはアーキネットだ。
計画地は東京の郊外のJR国立駅から徒歩約10分の位置にある。周辺は一橋大学のキャンパスや大正時代に開発された住宅地が広がる。計画地は旗竿敷地で、コーポラティブハウスの規模はRC造2階建て延べ床面積は約460㎡である。全6戸からなり、一戸当たり床面積は80㎡前後であるが、各住戸に約30~40㎡の屋上テラスを設けている。
「コーポラティブハウスでは入居者で構成された組合という一緒に空間をつくっていく主体がある。共用空間をどうするかについて制度的な部分も合わせて介入できるという面白さがある。所有の境界を超えた部分に介入してつくっていければ生きたコモン、生きた空間を実現できる。抽象的な共用空間ではなく、使い方も含めて具体的に一緒に積み上げていくようなボトムアップ的な共用空間をつくっていける。」(黒川氏)。
建物の入口側に設けた大きな共用庭、隣地に面する各住戸の専用庭、2階レベルに設けられた各住戸の専用テラス、そして屋上テラス。さらに室内空間にも半屋外的な空間を計画している。多様にちりばめられた庭とテラスが生活を介してつながっていく。
「条件のなかでどう開きどう閉じていくか。共用庭に対する開口部の大きさ、その透明不透明、位置、屋上テラスの腰壁の高さ、その透明不透明など様々なパラメーターを操作して生活環境をつくっていく。例えば屋上テラスは透過性の高い手摺で広がりを感じられるつくり方がある一方で、壁のような形で閉じた部屋のようなつくり方もある。様々な操作の仕方によって生活のイメージが混在する建築のあり方を考えた。それによってそれぞれの専有の場所もお互いに認識し合うような場所としてどうするかが具体性を帯びる。それがコーポラティブハウスならではのつくり方なのかと思う」(黒川氏)。
リモートワークだけでなく、第三者を招きいれるSOHO的な使い方も想定
屋上までの軒高が約7mある。その高さを2層の階高に振り分けている。単純な2階建てがあり、1階と2階を切り替えたクロスメゾネットもある。住戸間の関係性が単純にならないような構成にしている。
良好な環境を守り、素材や外構を地域につなげていくことも目指している。残土を使用して舗装ブロックをつくる。植栽も地域に根付きやすいようなものにする。
リモートワークの広がりについては次のように答えた。
「国立は都心から離れている。オープンからクローズまで様々な居場所をつくり込んでおり、屋上テラスで仕事をすることもできる。リモートワークの動きもあるが、ここではSOHO的な使い方があるのではないかと考えてチャレンジした。共用空間に対して開くことは第三者を招きいれることと相性がいい」(黒川氏)。
数年前になるが、筆者はシェアハウスやシェアオフィス、コーワーキングスペースでは入居者や来客者が集まる場であるラウンジのデザインが重要ではないかと考え、ラウンジデザインをテーマにした展覧会やフォーラムを企画したことがある。人が集まり過ごすラウンジのような空間は住居や働く場所だけではなく、都市の中に様々な形で存在する。また都市とは人が集まって暮らす場所である。
都市の地域コミュニティでは自治会や町会などの加入率が低下するなどの課題を抱えている。そのような状況の中で見られる新しい試みのひとつはゆるやかなつながりの仕組みづくりである。
「集まる」という意味と意匠、そして仕組みは「多様性」と「ゆるやかさ」をベクトルとして変化していくことだろう。
[プロジェクト概要]
名称:国立テラス(仮称)
主要用途:長屋
工事予定期間:2023年6月~2024年5月
敷地面積:466.48㎡
延床面積:457.42㎡
構造:RC造2階建て
[プロフィール]
黒川智之 くろかわ ともゆき
1977年神奈川県生まれ。2001年東京工業大学工学部建築学科卒業。03年東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。03~08年竹中工務店。08〜09年Herzog & de Meuron(文化庁新進芸術家海外研修制度研修員として)在籍。10〜12年隈研吾建築都市設計事務所。12年黒川智之建築設計事務所設立。19年株式会社黒川智之建築設計事務所に改組。22年〜昭和女子大学環境デザイン学部非常勤講師。
中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。
23.06.01