新しい建築の楽しさ2020s Vol.21
取材・文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)
Crossing sasukeプロジェクト
アラキ+ササキアーキテクツ、久保都島建築設計事務所
山林を含む広大な敷地に計画中の集合住宅。山とまちの接点に「自然の恵み」をテーマにした居住者のコミュニティが育まれるような建築をめざす。
都市近郊では里山の荒廃などの課題がある。今回紹介するプロジェクトはその里山を積極的に活用していくことを試みている。
アラキ+ササキアーキテクツと久保都島建築設計事務所が共同設計で集合住宅の計画に取り組んでいる。
計画地は鎌倉市佐助にある約3000㎡の裏山の山林を含む約4000㎡の広さだ。JR鎌倉駅から徒歩10数分の距離にあり、山とまちの接点に位置する。
「山と建築の関係を深く考えないといけない場所。山との関係を媒介にしながら、自然の恵みをテーマにして居住者のコミュニティが育まれるような施設をつくりたいというのが依頼者からの要望だった」(久保秀朗さん)。
山林は倒木や部分的な藪化が見られるなど痛み始めていたという。また計画地は土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)に隣接している。
「裏山の尾根は佐助稲荷神社や銭洗弁財天までつながっており、鎌倉の歴史的な地勢がそのまま残っている。コンクリートの擁壁をつくって山と住宅地を分割し、安全性を担保して開発するというのではなく山と敷地を一体的に考えることで山の環境などを住む人が受け入れるのではないか。擁壁を可能な限り建てないという目標を立て、計画を考えた。開発範囲を約1000㎡にすると、西の山側に擁壁を立てなくても安全性を確保できることがわかった」(荒木源希さん)。
開発範囲を小さくし、山林と建物との間にバッファゾーンをつくるという計画にしたのだ。
「計画地は西側にある山林からの水の流れをせき止めてしまう位置にある。その影響を最小限に抑えるための対処方法について高田造園設計事務所の高田宏臣さんに協力を依頼した。土中環境の健全化や水と空気の健全な循環の視点から里山の環境改善活動をしている人物だ。ワークショップも実施し、山林の保全整備からプロジェクトはスタートした」(久保さん)。
建物周囲に「みず道」をつくり、水が建物を迂回して流れるようにする。また建物の基礎の下にも水の流れを促進するぐり石や燻炭を敷き詰める。
地域ともつながり、暮らし方、住まい方を発信する
建物は中庭を囲むように配置している。延べ床面積は約678㎡。西側に位置する棟はRC2階建て、北側と南側に位置する棟は木造地上2階建てだ。久保都島建築設計事務所が西棟と南棟を、アラキ+ササキアーキテクツが北棟を担当する。西棟は6住戸(内1住戸は共用リビング)、北棟は6住戸(内3住戸は店舗兼用が可能な住戸)、南棟は2住戸からなる。
「建築のデザインコンセプトは『集まって住む』。1棟が過大とならないように分節させているが、浮き屋根を共通の形態として集落のような統一感を持たせている。また地域ともつながり、暮らし方、住まい方を発信することを目指しており、キッチン付き共用リビングや店舗兼用が可能な住戸なども設ける。西棟につくる共用リビングで山を見ながら皆で食事をして過ごせるといい」(久保さん)。
「基本は個があって、機会があれば自由参加で集まれるという距離感にしている」(荒木さん)。
西棟は天井の山側をせり上げる断面形状にしており、2階だけではなく1階も上側に窓を開き、山の景色をダイナミックに室内に取り込めるようにしている。南棟と北棟のメゾネット型の住戸は山の景色を高窓から取り込みながら採光と空気の流れを促す。
「すべての住戸に山に向かって開く窓を設け、ルーフテラスを使える住戸も用意する」(久保さん)。
今後、山林と建物の間にあるバッファゾーンの利用方法を検討する。シイタケ栽培、菜園、アウトドアキッチンなどのアイデアがあるという。
「ここで初めて鎌倉に住み、コミュニティをつくる。鎌倉暮らしを体験しながら、次は自分たちで家を建てて、移り住む。鎌倉に住み着いてほしいと依頼者は考えている」(荒木さん)。
鎌倉では農業や漁業も行われており、耕作放棄地や漁港整備の課題がある。これらの解決にも建築の力を活かしていくことは可能ではないかと思った。
[プロジェクト概要]
名称:Crossing sasuke プロジェクト
所在地:神奈川県鎌倉市佐助
主要用途:長屋
設計・監理:アラキ+ササキアーキテクツ、久保都島建築設計事務所
事業主:株式会社 Relenity
企画:株式会社 S•CAPE CONSULTING
建築面積:379.33 ㎡
延床面積:677.93 ㎡
構造:木造+RC 造
規模:地上 2 階
構造設計:坪井宏嗣構造設計事務所、田村愛構造設計工房
設備設計:ZO 設計室
施工:友伸建設株式会社
外環境整備:高田造園設計事務所
竣工(予定):2024 年 9月
[プロフィール]
株式会社アラキ+ササキアーキテクツ
荒木 源希 あらき もとき
1979年東京都生まれ。2002年東京都立大学工学部建築学科卒業。04年東京都立大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。04〜07年アーキテクトカフェ・田井幹夫建築設計事務所勤務。08〜11年アラキ+ササキアーキテクツ一級建築士事務所共同主宰。11年〜アラキ+ササキアーキテクツ代表取締役。
佐々木 高之 ささき たかゆき
1978年広島県生まれ。2002年東京都立大学工学部建築学科卒業。05年イーストロンドン大学大学院ディプロマ修了。05〜07年NAP建築設計事務所勤務。08〜11年アラキ+ササキアーキテクツ一級建築士事務所共同主宰。09年〜専門学校ICSカレッジオブアーツ講師。11年〜株式会社アラキ+ササキアーキテクツ代表取締役。
佐々木 珠穂 ささき たまほ
1979年富山県生まれ。2002年東京都立大学工学部建築学科卒業。05年イーストロンドン大学大学院ディプロマ修了。2006〜08年建築設計事務所勤務。08〜11年アラキ+ササキアーキテクツ一級建築士事務所共同主宰。11年〜アラキ+ササキアーキテクツ代表取締役。
株式会社久保都島建築設計事務所
久保 秀朗 くぼ ひであき
1982年千葉県生まれ。2006年東京大学工学部建築学科卒業。06〜07年Sint Lucas Architectuur(Belgium)。08年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。08〜11年吉村靖孝建築設計事務所。11年久保都島建築設計事務所を共同設立。
都島 有美 つしま ゆみ
1982年愛知県生まれ。2006年九州大学工学部建築学科卒業・06〜07年Sint Lucas Architectuur(Belgium)。08年九州大学大学院人間環境学府修了。08〜11年NAP建築設計事務所。11年久保都島建築設計事務所を共同設立。
中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。
23.08.01