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新しい建築の楽しさ2020s Vol.17

取材・文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)

アテネプロジェクト

田邉雄之|田邉雄之建築設計事務所

ギリシャ、アテネ市街地の店舗付き住宅の改装+増築プロジェクト。日本通のオーナーがネットでリサーチして探し当てたのは鎌倉在住の建築家。「光の透過」をテーマに和の光の再現をめざす。

 

今回紹介するのは海外プロジェクトである。インターネットによって国境を越えた人と人の新たなつながりが生まれている。ある日突然、日本人の建築家に海外のクライアントからメールでデザインの依頼が届くというようなことが起きている。

上記のような突然の依頼で建築家の田邉雄之さんがギリシャのアテネ中心市街地にある店舗付き住宅の改装+増築プロジェクトのデザイン監修に取り組んでいる。

施主はアテネ在住の40代後半の薬剤師で、薬の卸業を行っている。

「日本好きで江戸時代の後期から戦前までの歴史や日本文学に詳しい。鎌倉を訪れたこともあるそうだ。アテネと鎌倉の太陽光は多くの類似点があり、日本人の建築家ならうまくデザインできると思ったという。約1年かけて誰に設計してもらうかを海外のデザイン系ウェブサイトでリサーチし、私がデザインした2つのプロジェクトが気に入ったという。ひとつはミニマムで機能的でスタイリシュという印象を持ったという熱海のカフェと、もうひとつは素材を杉で統一し、障子や内外の手すりに菱格子を使用していることに和が感じられたという鎌倉に建つ住宅だ。鎌倉に事務所を構えていることも気に入ったそうだ」(田邉さん)。

 スタディ模型

既存の建物は北東側が道路に面したRC造の4階建てだ。1979年竣工だという。建物に向かって右側の建物との間に細い通路があり、南西側に位置する共用の中庭に出られる。1フロアの広さは80㎡弱だ。既存のプランの特徴としては1階に吹き抜け空間があり、それとほぼ同じ広さの低い天井の中二階があるこことだ。今回の改修では2層を増築するとともに中二階の床を、吹き抜けをふさぐ形で広げ、2階とする。全体としては6階建てとなり、1階は店舗と薬の倉庫にして2階をオフィスにする。3、4階は賃貸にして、5、6階を夫婦が暮すメゾネットにする。最上階の外部空間にはプールとガーデンを設置する予定だ。

グローバルなデザインの中に日本的な雰囲気をわかりやすく再現する

 さて田邉さんはデザイン監修のテーマに「光の透過」を選んでいる。

「クライアントから光の話があった。夫婦が暮す内部空間は障子などのようなものを通して日本的な光に変えられないかと思った。ただ現地で障子を入手するのは難しいので曇りガラスのようなものを障子と見立てて、レイアーを重ねて照度を調整することで日本の光の雰囲気を再現できるのではないかと考えている」(田邉さん)。

光と影の考察

外部空間についてはファサードの1階はシンプルなキャノピーを設置して、2階以上はダブルファサードの外側をアルミ製の菱格子でつくり覆う計画だ。

「プライバシーを確保しながらどれだけ開くのか。どれだけ光を入れるのか。6階建てとなるので水平に見たときのファサードというよりは見上げた時の変化の仕方を重要視している。長円形などのパターンを格子とサッシで重ねることも検討している」(田邉さん)。

ファサードダイアグラム

 田邉さんはイギリスの建築設計事務所のFOA/Foreign Office Architectsに在籍し、勤務した経験がある。

 「一見複雑に見えながらもコストや施工性を考慮しながら合理的であること、つまり再現性があることも重要視されていた。FOAはスペイン出身のアレハンドロとイラン出身のファシッドのお互いに共通するイスラミックな装飾、パターンを外壁などのデザインに取り組むことも行っていた。長円形は日本的でもあり、グローバルにおいても使用されている形。それに提灯の要素・機能を加えることで日本的な(ローカルな)意味を持たせようとしている。グローバルというフィールドのなかでどこまで他者にとってわかりやすくするかはFOAで学んだことかもしれない」(田邉さん)。

田邉さんのように海外の建築設計事務所に勤務、あるいは研修する日本人が増えているが、日本の建築設計事務所に勤務する外国人も増加している。当然個々によって異なるが、彼らは日本の建築設計事務所で何を学んでいるのだろうか、そして彼らが独立後にどのようなデザインをするのだろうかと思った。

[プロジェクト概要]
アテネプロジェクト
・主要用途:店舗(薬局卸業)+集合住宅
・主要構造: RC造
・敷地面積:167.37㎡
・建築面積:82.95㎡
・延べ面積::425.76㎡
・設計:田邉雄之建築設計事務所、nrgTECH
・施工:nrgTECH
・竣工:2023年夏(予定)

[プロフィール]

田邉 雄之 たなべ ゆうじ
1975年神奈川県鎌倉市生まれ。98年明治学院大学文学部フランス文学科卒業。2000年ICS卒業。04年芝浦工業大学大学院工学研究科建設工学専攻修了。2000〜06年bews/building environment workshop勤務。06〜07年文化庁新進芸術家留学制度にてFOA/Foreign Office Architects(London)で研修。07〜08年FOA勤務。08年〜YAA/Yuji And Architects ユウジアンドアーキテクツ設立。10〜11年目白大学短期大学部非常勤講師。14年〜ICS非常勤講師。16年〜芝浦工業大学非常勤講師。16年株式会社田邉雄之建築設計事務所に改称。

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー
生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆ならびに、展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

22.12.01

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